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もぎたて☆ディストピアン

よくばりな浪漫トラベラーに捧ぐ…

フェスに胸キュン

 

“ヒトの脳細胞は、毎日10万個ずつ死滅していってるらしい…💧”

 

いやね、この間ブログ用に古い資料を久々に引っ張り出して調べものをしてたんです👀

えらいもので、ふと目に付いたチラシなんかを1枚眺めているだけでも、色んな記憶が想い出と共にサーッと甦ってくる…✨

日頃、大切な事だってあっさり忘れたりするくせに、よくもまあこんなどうだっていいような事を長年覚えていられるもんだ…って自分で感心したりして💦

 

 

さてさて、毎年5月から夏にかけて俄然増えてくる音楽フェス🎶

 

で、こんなチラシが見つかりました😲

 

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1981年8月15日 日比谷野音

“天国注射の昼”

 

この日こんなライブイベントが開催されたんです☝

ま、夏フェスですな。これも笑😁

 

『お前、こんな日にフェス行っとったんかい… しかも坂本龍一以外だ~れも知らんぞ!』

 

そんな風にお嘆きの貴兄にも、私の記憶からまだ消えていない、この日あった出来事の断片を今回そっとお伝えしようと思うのです…

 

 

「インチキマジック、Y.M.O!」

 

この強烈なメンツの中で確か2組ほどパンク系のバンドが出ていたのですが、坂本龍一氏も出演が予定されていると言うのに、上記のセリフをサビの歌詞にブチ込んできたバンドがいたんです(笑)

しかも観客にこの部分を無理やり唱和させようと煽りまくり、結果…シーンとなった無反応の観客席に向かって「帰れバカヤロー!」と暴言を吐いて去るという堂々たるパフォーマンスぶりでした😆

思えばこの日は坂本龍一氏だけが目当ての若い女性ファンが、“な・い・し・ょ”で随分混じってたように思います😚

YMO人気絶頂の頃ですからねー😏☝

そんなギャルたちは、“TACO”や“じゃがたら”のライブを観て、果たしてフェスを満喫出来たのでしょうか(笑)

 

 

“戦争を知らない子供たち”

 

かつて“ジローズ”が歌ってヒットした、至極分かりやすい反戦フォークです☝

この曲を、当時カバーソングばかりで構成した名盤ソロアルバムを準備中だったヒカシューの“巻上公一”氏が、バックバンドを引き連れてのライブの山場にめちゃカッコいいアレンジで演奏したのも凄く印象に残っています😌

特に演った意図はない…とか何とかMCで言ってたような… いや忘れた…💧

 

 

“日野繭子”

 

日活ロマンポルノに出ていた女優さん☝

本業以外にも、ライブを演ったり色んなメディアに出まくったりしてたなぁ…

今で言う“セクシー女優”がマルチな活動をやる…そのハシリの様な方でしたね。

いや、今もまだノイズ系ミュージシャンとして現役バリバリのようですが…😉

飛び入りで何かの告知をしていたんですが、何だったかな…

最近まで覚えてたのにな💦

ダメだ、記憶がどんどん消去されていく前に、やっぱブログ、もっと書かなきゃなぁ…笑

 

 

“半裸?で演奏に合わせて縦笛を吹く男、奇声を交え観客席を徘徊する仰天パフォーマンス”

 

一番面食らったのがコレでした😨

どのバンドだったか、これも分かりません。

当時から(笑)

この人たちの怪しさのおかけで、無理やり一緒に観に連れて行ってた友人たちは、

「そばへ来るなよー💦」とかなんとか呟きながら、一斉に会場を後にしていきました🙍

 

 

とまあ細かい事は他にも多々あるんですが、長くなるのでこの位で🙇

でも当時観に行って、もっと色々詳細を知ってる方っていないのかなぁ…

ネットでも全然見かけないし😥

もし映像が残っていれば観てみたいなぁ…😌

 

 

おまけです。

もうひとつ何かこの細長いのも見つかった😱

裏に通しナンバーのような判が押してあるので、多分これがこの日のチケットだったんじゃないかなぁ…??

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あ~そうそう、

この日のヘッドライナーになるはずの、坂本龍一氏ですが…

 

フェスの半ばを過ぎた頃だったかなぁ、

関係者からこんな場内アナウンスがあったんです☝

 

「本日、坂本龍一氏は出演中止となりました…」

 

 

やっぱイ・ン・チ・キやったんか~い(笑)

 

“P-MODEL 第5のメンバー”のこと…

 

若い頃パンクミュージシャンを目指して上京し、その後志半ばで故郷に戻ってきた知り合いがいるんです。

その者曰く… あの当時、ふと気が付くと自分たちの代わりなど周りにゴマンといた…と。

こりゃあかんわ…と🙍

 

おかげで彼のその後の人生は、“他に代わりがいない存在になる!”を目標に奮闘し、ビジネスで一定の成功を収めるまでに至っています👍

 

ん…? 代わりが見当たらない音楽やミュージシャン??🎵

 

私の場合、影響を受けやすい多感な学生時代に幸か不幸かそういった音楽と出会ってしまい、運か不運かどっぷりハマったクチなのです😜

 

え~、“P-MODEL”なるバンドがありまして…☝

 

1979年結成&メジャーデビューのシンセサイザーを取り入れた4人組のパンキッシュなロックバンド🎸

あの頃巷ではどれもこれもみんなまとめて“テクノポップ”と呼称してましたので、彼らのジャンルもそういう括りでみんなフンフン頷いておりました😃

興味がおありの向きには、youtube等でサウンドをご確認頂くとして、私なんぞそれまでボーカルの入った音楽が大嫌いで、イージーリスニングやフュージョンやTVのサントラ位しかまともに聴いておらず、自慢じゃないですが、ビートルズだって一曲たりともエアチェックすらした事がありませんでした…😔

そんなある日、ツレが「聴いてみる?」って貸してくれた“YMO”と“PLASTICS”の入ったカセットテープ… これにすっかり💟を奪われてしまい、バイトして買い漁ったテクノなレコードをツレたちとシェアしている内、最後に行き着いたのがP-MODELだったんです☝

その後、パンクな姿勢を感じない…とかく芸能人ぽかったYMOへの疑念と、坂本龍一氏がD・ボウイとの対談でP-MODELを侮辱する発言をしたりした事で、既に“P-”が他に代わりのいない存在になっていた私は、それまで集めたYMO関連のライブやインタビューの入ったエアチェックテープを全て消去し、レコードは人にあげて手放すなど、その一切を忘れ去る行動に出たのでした😲

あんなにお気に入りだったのに…

 

もう敵視してましたね、YMOを😡

最近またちょこっと聴いてますけど…

これは内緒です🙅(笑)

 

P-MODELの何がスゴいって、もう全然カッコつけてないんです、ロックバンドのくせに😲

英詞の部分も意図してカタカナ英語で歌ってるし…

これにはロックボーカル嫌いの私もコロッとイかれちゃいました😆

曲調もシンセパンクって趣なのに、何故か一般ウケもする不思議な魅力があったんです☝

普段、サザンやユーミンのコンサートに行ってるような同級生たちが何度私の所にP-のテープやレコードを借りに来たか知れません😅

ラジカセをMAX音量で鳴らし、繰り返し何度もP-MODELを聴いてる私を白い目で眺めていた妹も、「声が裏返る所が笑える…」って理由で、“ヘルスエンジェル”だけは聴かせてくれと度々ねだってくるほどでした(笑)

 

そもそもP-MODELっていったい何者なん…??

 

1978年の末…結成に向けてのミーティングでアイデアを出し合ったのは、ボーカル&ギター担当の“平沢進”氏、キーボード担当の“田中靖美”氏、そして平沢進の兄でグラフィックデザイナーだった“平沢YOU1”氏、この3人であったという…

(メンバーは他に、ベース担当で一番女性ファンが多かった最年少の“秋山勝彦”氏と、ハンマーでぶっとい釘を打ちつけるが如くのパワフルドラミング&強面担当の“田井中貞利”氏。)

 

P-MODELの1stアルバムのジャケットをデザインしたのもYOU1氏☝

このジャケも、誰もが思わず手にとってしまうような、他のどんなレコードよりも秀逸で、ワクワク感を大いに掻き立てられる代物でありました✨✨✨

 

平沢YOU1こと平沢裕一氏は1950年10月5日東京都葛飾区生まれ。この記事をアップした4月1日は平沢進氏の誕生日… となると現時点で3歳上の兄という事になりますね☝

経歴としては、前身バンドの“マンドレイク”の時代からステージ装置やバンドTシャツなどのデザイン&製作を手掛け、1979年からはバンドの個人事務所のリーダーとして、P-MODEL名義で発表されたアルバム8作品のアートワーク全般、1st収録用に2曲の歌詞を提供、ライブやイベント等で流すPV等の映像制作、それにフライヤーやFCの会報などなどのデザインまでをも担当されていたという…😊

都心部でのライブにも帯同し、あるイベントでは、アンコールに応える事を一切禁止された観客無視のプログラムに対し、それを良しとせずに演奏を強行したP-MODELに妨害行為を加えようと迫る現場のディレクターに立ち向かっていった武勇伝も…👊

この頼もしさゆえ、裕一氏はメンバーたちの精神的支柱であったのではないでしょうか✌

 

今ではもうこの世の中になくてはならない存在のミュージシャンである、平沢進氏。

リスナーをアツくさせるあの歌詞やギタープレイも、もともとは裕一氏に“読書”の重要性を説かれたり、先にギターを始めていた氏の影響を受けたのがそのルーツ。

海外のパンク/NW系のPVにもいち早く注目して入手し、それを自分の家にメンバーを集めて見せていたのも裕一氏の功績👍

それらを考えるとP-MODELの誕生は裕一氏の存在なくして成し得なかったという事になりますね🙌

 

あ…そうそう、裕一氏にはミュージシャンとしてのキャリアもあって、ドアーズ等に影響を受けたバンドのベーシストとして、かつてはマンドレイクと対バンした事もあったそうな…😲

 

P-MODELの1stアルバムのデザインは今でも見る度に気持ちが高揚してくる位カッコいいのですが、7作目の“カルカドル”にも私たち古参リスナーには強い思い入れがあります。

なぜなら、オリジナルの立体造型を始めていた裕一氏の作品群の写真がこのアルバムのジャケットにフューチャーされており、当時その作風が話題を呼んで、ジャケのイラスト部分を担当した武藤佳世氏と共に、銀座プランタン主催“人形たち展”に於いて見事グループ賞を受賞! その後もNTTのTVCMにて作品が使われたりもしたからなのです✌

 

余談ですが、武藤氏にはP-MODELが作ったオリジナルのテーマ曲があり、1983年頃のライブではその曲の演奏時にステージに現れ、着物を着て踊るパフォーマンスで観客を幻惑しまくっておりました😱

 

それと私的にもうひとつ☝

カルカドルが発売された1985年、私は東京の国分寺に住んでいたのですが、アパートから駅までの間の坂の途中に、“GOK”という1979年創業の音楽スタジオがあり、何とこのアルバムはここで録音されたのだという…😲

こんな嬉しいニアミスがあったと言うのに、当時は全く気付きませんでした😥

ま、それも楽しい思い出です😆

 

さて、今回は少々マニアックな記事であったかも知れませんが、私にとってP-MODELと裕一氏は、常に勇気と希望を与えてくれる存在だったんです😂

P-と裕一氏の活動の歴史を紐解く事は、私が生きてきた証にもなるのです。

 

生きる事に疲れていた時…

『ここでくたばったら次のP-MODELの新譜を聴けなくなるやないか!』

この気持ちで頑張れた自分がいました😌

型にはまらないP-の姿勢は、自分が生活をしていく上での考え方などに今でも非常に役立ってる気がします✌

 

今改めて…

『このバンドに出会えてホントによかったぁ~!(^O^)v』

 

みなさん… 特に学生の方々、

P-MODELを聴き… い、いや、大いに本を読みましょう(笑)

 

 

さてさて、

実は先日、平沢裕一氏にお会いする機会があったんです!🙌

氏が主催する神出鬼没のオーガニックカフェ、“YURU GAZI”。

ここに出掛けてきました😊

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名物、玄米ベジカレーはホントに美味い!🍛

3年ぶりに食べましたが、やっぱ美味い!🙆

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平沢裕一氏!

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手に持って頂いてるのは、氏がデザインしたP-MODELの1stとカルカドルのCDジャケット。

無理にお願いしてそれぞれにサインを入れて頂きました🙇

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将来、裕一氏の作品をまとめて収録した画集や写真集やDVDを是非とも発売して頂きたい処ですが、かつて“VIDEO GIG”と名打たれた、裕一氏の映像作品を一挙に集めて上映するイベントが開催された事があったんです☝

1983年8月24日、六本木の“クーリーズクリーク”というイベントbarがその会場でした。

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当日会場には裕一氏、P-MODELの平沢・田井中・菊池・三浦の各氏、Shampooの折茂氏らが集結!😲

駆けつけたファンたちと一緒に作品を鑑賞するという夢のようなイベントでした✨

内容的にはP-MODELのPVが主ではなかったかなぁ…

あ、もちろん私も現場に行ってましたよー😁✌

 

実はこの時にも上映されなかったP-MODELの幻のPVがひとつあるんです。

“偉大なる頭脳”

古い資料には、“21st センチュリーワンダーランド”(2ndアルバムのライナーにスペシャルサンクスとしてその名の記載あり。)制作とある…

これに裕一氏は全く関わっておらず、当時存在した言わば、“おもしろ企画集団”が手掛けたものなのだそうです☝

残念ながら映像はもう残ってないだろうとの事…😢

 

裕一氏にお会いした帰り、あの当時P-MODELを観る為に何度も通ったライブハウス、“旧新宿ロフト”のあった場所を訪ねてみました😂

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たまたま居合わせた郵便配達の方に跡地を確認したら、ここだと…😓

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そこは、もう当時の面影なんてどこにもない立派な高層ビルへと変貌しておりました💧

しばし呆然としながらも、かつてこの場で躍動していたP-MODELのメンバーに想いを馳せて、さっきサインを頂いたジャケットをステージのあった辺りに掲げてみました。

嗚呼… 寂しい😢

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“🎵60階へ~”…

まさかそこまで高くはないか(笑)

 

P-MODELの1st、3rd、4thアルバムが録音されたのは、かつて池袋の乙女ロード界隈にあった“サンライズスタジオ”。

ここも1984年に六本木に移転していて、もうとっくに無くなってるんですよねぇ…😩

 

だ、だがしかし!

P-MODELが1979年3月16日にデビューライブを行った“下北沢ロフト”はオーナーは代われど未だ健在!

今回時間がなくて行けませんでしたので、ネットからお借りした現在の写真を載せておきます🙇

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今回の記事は自分のブログにどうしても書き残しておきたかった入魂の内容ゆえ、長くて少々読みづらくなってしまった事をお詫び致します🙏

YURU GAZIでの写真は平沢裕一氏に使用許可を頂いております。記事中の内容については自分の記憶と大切に保管していた公式/非公式の資料などを参考に構成していますが、若干事実との相違点があるかも知れません。

それらについては今後、加筆修正にて更新していきたいと思っております😌

 
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“平沢裕一”

1950年葛飾区金町生まれ。

ロックバンド“じょうじマョン”での音楽活動ののち、“マンドレイク”のステージ視覚効果を担当するチーム“ディヴァイス・マンドラゴラ”を結成。1979年からは“P-MODEL”の事務所“モデルハウス”のリーダーとして活動を全面バックアップ。1stアルバム“イン ア モデルルーム”には作詞担当として“サンシャイン・シティ”と“子供たちどうも”の2曲を提供。本職であるグラフィックデザイナーの技を惜しげもなく注ぎ込み、P-MODELとその周辺バンドの“バッハ・リヴォリューション”、“Shampoo”、“旬”などのレコードジャケットやPV、宣材等をデザイン及び制作。1986年には銀座プランタン主催“人形たち展”に於いて、武藤佳世氏との共作で出品した“いれずみの男”がグループ賞を受賞。

現在は2013年筑波にオープンしたcafe gazioを発展させた“studio gazio”の主宰者としてweb番組の配信、オリジナルCDや作品の販売、アートやライブのイベント開催、不定期に東京各地に出現するcafe“YURU GAZI”のマスターなどで精力的に活動中。

http://gazio-tx.com/stgzo/

 

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江ノ電に乗って極楽寺へ

 

先日初めて江ノ島電鉄…通称“江ノ電”に乗ってきたんです🚃

始発駅の鎌倉から終着駅の藤沢まで計15駅。その間30分ちょっとの短い路線なのですが、いやぁ~車窓からの景色はなかなかのものでした🙌

湘南の海沿いを走行するロケーションはテレビ等で何度も目にした事がありましたが、期待に違わぬ素晴らしさで、もう感激モノ😂

こんな景色を見ながら毎日通学が出来るなんて… あぁ、私も鎌倉高校に通いたかったなぁ~😆

 

たった10㎞ほどの路線ながら、全く違う風景に次々変わっていくのも実に面白い😁

赤レンガを積み上げて造られたトンネルをくぐったり、民家ギリギリを走行するスリリングさがあったり、一時的に道路を走って路面電車になる区間があったり…

私の中で、京都の嵐電や千葉の銚子鉄道と並び、短い路線でも見事なロケーションを楽しむ事が出来た、すごく思い出に残る鉄道となりました👍

 

始発駅の鎌倉から数えて5つ目には

“極楽寺駅”

があります☝

私たちの世代にはとっても思い入れのある、1976年放送のテレビドラマ、“俺たちの朝”の舞台になったアノ駅です😏

 

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当時瞬く間に反響を呼び、この駅を訪れる人たちで溢れた事で、廃線の危機にさらされていた江ノ電を救ったというエピソードもよく知られています👏

最近でも映画、“海街diary”の舞台として撮影に使われ、何と俺たちの朝のメインキャストだった“小倉一郎”さんも出演されてたりします😄

駅舎は情緒があり、今も当時の雰囲気を十分に残してました✨

でも駅周辺は意外にもひっそりとした住宅街って感じで、ちょっとイメージと違ってたかも…😅

せっかく来たんだし、ドラマの主人公たちの住まいとして実際に撮影に使われた民家を訪ねてみる事にしたんです😉

駅近くの赤い欄干の“櫻橋”を渡ってすぐの所にある…と聞いてましたので、楽勝気分で向かったものの、結構道が入り組んでいて中々それらしき家が見つかりません😓

 

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日も暮れてきたので、途中にあった老舗っぽい八百屋さんまで引き返し、ダメもとで店主さんに場所を知っておられるかどうか尋ねてみたんです☝

 

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(写真を取り忘れたのでネットよりお借りしました<(_ _)>)

 

「すみません、この辺りに俺たちの朝の撮影に使われた民家がまだ現存していると聞いたのですが、どこかご存知でしょうか?」

 

「ええ、分かりますよ。でももう家は取り壊されていてブロック塀の一部しか残ってませんけどね。 つい先日もドラマの出演者だった小倉一郎さんが奥さんと一緒に思い出の地を訪ねる企画の番組ロケでここに来られ、同じように道に迷って場所を聞かれましたよ(笑)」

 

「えーっ、それほんとですか~😲」

 

こ、こんな偶然ってあるのか…

あとで調べてみたら、私が訪ねた日の前々週に既にその番組は放送を終えていて、リピートももう無いようでした😢

番組ホームページに内容が紹介されてましたが、何とあの八百屋に小倉さんが道を尋ねに入ったシーンも放送されており、しかも40年前の本放送時にはエキストラとして店主さんが出演し、小倉さん扮する“チュー”に接客をするワンシーンが放送されていたのだとか…

う~、この番組観たかったなぁ… 悔しい…😖

ちなみにBS日テレで放送中の“夫婦再旅”という番組です。

 

それでは最後に、今ではブロック塀だけになってしまった、オッスとチューとカーコが仲良く暮らした下宿の現在をご紹介致します✨👇

 

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何年か前まではそのまま残っていたらしいのですが😞

でも何だかファンの為にワザと形跡を残しておいてくれてる気もするなぁ…

 

嗚呼…もっと早く来ておけばよかった…😩

 

余談ですが、極楽寺のひとつ前の駅は何と何と、

“長谷駅”

といいます。

カーコ役に長谷直美さんが選ばれたのは必然だったのかも知れませんね✨😊

 

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インスタが邪魔をする💦

間が空いちゃいました💧

 

いえね、少し前から“インスタグラム”をやり始めたんですが、これにちょっとハマってしまいまして…

 

手軽なんですよぉ、ブログと違って写真をアップするだけですから☝

 

でも、やっぱり書いて伝える楽しみがある分、ブログの方が性に合ってる気はします😅

 

不器用な人間ほど、あれやこれやとやりたがる…というのはどうやらホントみたいですね(笑)

 

インスタで写真検索をしていると、普段自分の頭のどっかにしまい込んでる、遥か昔に関心を寄せてたような事までもがハッ!と甦えってくるんです。ちょっとしたエピソードなんかと共に…😏

 

どうでもええわ!ってツッコまれるのは承知の上で、私が拘っていつも眺めてる写真がどんなものか、インスタの魅力と共にちょっとご紹介したいと思います👇

 

 

“マンホール”

普段見過ごしがちですが、デザインが凄く凝ってるんですよね。観光地なんかのマンホールは特にそう。どうも日本だけに見られる文化みたいです。

私も旅先でいくつか無意識に写真に収めたりしましたが、インスタの投稿主さんの中には全国を巡ってマンホールだけの写真をアップし続けてる猛者もおられます😉

 

“キノコ”

毒がありそうなキノコほど写真映えするんですよねぇ~。世界にはスゴい色や形をした種が多数存在しています😱

学生の頃、もらった松茸を焼いて食べたんですが、夜中に気分が悪くなって延々吐き続けた事がありました。

あれってもしかして…💧 生きててよかった😅

 

“ナポリタン”

スパゲッティですね。これだけはパスタとは呼びたくない… でもむちゃ美味しいですよね😆 実際には日本のオリジナル料理なんだそうで、バカにしながら食べてみたイタリア人観光客が、すっかりこの味の虜になって涙目で帰国して行ったという話を耳にした事があります😁

 

“大学イモ”

おばあちゃんがこれが好きでよく作ってたんです。他にも、はったい粉を水でといだやつとか、酒粕をあぶって砂糖醤油を付けて食べたりしてたのをつい思い出しました。凄く美味しそうに食べてたよなぁ、おばあちゃん…😌

 

“ソフビ”

ソフトビニールで造られた、怪獣などの人形の事です。当時一体350円位でしたかねぇ。そんなに裕福な家でもなかったんで、これが子供の頃の一番のオモチャでした。なので思い入れが強すぎて、今でも見るとワクワクしちゃうんです😊

 

“リズムマシン”

テクノポップ世代なもので、シンセサイザーとかリズムマシンが大好きなんです。特に男子はこういう不思議なメカ的なモノに心を奪われる傾向にあると思いますね。大人になってからの一番のオモチャがこれです。リズムマシンをポコポコ鳴らして部屋掃除なんかのBGMに使うのもオツです☝

 

“タガメ”

水生昆虫の王様。小学生の時、親戚の家によく遊びに行ってたんですが、田舎だったので、当時は池や沼がたくさんあったんです。そこでよく捕ってましたねぇ、タイコウチとかミズカマキリを。でもタガメだけは一度も見かけた事さえなかった… 絶滅危惧種でしたしね。のちに姫路水族館で公開されてるのを見て大感激しました😂

 

“デコトラ”

長距離トラックに派手なデコレーションを施してる人たちがいますよね。あの発想が素晴らしいと思うんです。特に一番最初にやり始めた方、スゴい! まあ自分の城ですからね、気持ち分かる気がします。あの電飾とか観ていて快感すら覚えます✨

 

“懸賞”

主婦の方とかの懸賞マニアがたまにメディアで紹介されてますが、結構当たるものなんですよね。コツは情報を集める事と、とにかく応募をする事。当然ですね。出さないと当たりません。戦利品の写真ばかりをアップされてる方多し😁

 

“鉄道模型”

これも子供の頃、近所に住んでた人が自宅にジオラマを作って悦に入ってたのを見かけて憧れました。ラジコンなんかよりも好きでしたね。今じゃ、すっかり乗り鉄へと成長しております(笑)

 

“多肉植物”

サボテンとかの乾燥地に生育する植物。これもキノコと同じく形や色のバリエーションが豊富で見ていて飽きないので好きになりました。ところでサボテンデスマッチってご存じですか?🌵

 

“8㎝CD”

今では絶滅してしまった、ちっちゃいCD。シングル盤ですから3~4曲しか収録されてませんが、侮るなかれ、アルバム未収録や別バージョンなど、この盤でしか聴けない曲がたくさん入ってたりするのです。カラオケが収録されてるのもポイント高し!💿

 

“プロ野球カード”

集めてましたねぇ、中学生くらいまで。カルビーチップスなんかのオマケに一枚付いてくるやつなんですが、現在売られてるのは菓子のパッケージに袋に入ったカードが最初から貼り付けてあるんです。昔は店の人が一枚ずつ手渡しでくれてたんですよね。お気に入りのチームの選手のカードが中々ゲット出来ないのを店の人のせいにしたものです😤

 

“Tシャツ”

中学生の頃から肌着はTシャツを着ないとカッコ悪いと思ってました。今もスーツとカッターシャツの下は、派手なデザインのTシャツでキメています。

一体誰が見るというのでしょうか…😱

 

“プロレス”

これに関しては、まつわるエピソードが多すぎますのでいつか詳しく書く事にします。

 

 

いかがですか~😁

これらはほんの一部ですけどね。

検索すれば何だって出てきます📷

 

インスタってホント面白いですよ~!✌

 

でも私のように、ハマりすぎて睡眠まで邪魔されぬようご注意を(笑)

 

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私のも試しに観て下さいね👇😆

https://www.instagram.com/aran_araki/

 

飼ってた鳥の備忘録ブログもやってます👇🐥

http://toppaddy3216.hatenadiary.jp/

 
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亀有ともつ焼きと少年メリケンサック

 

今回も引き続きロケ地リポートです☝

 

前回の探訪記事の、“傷だらけの天使”。

その最終回の脚本を書いた“市川森一”氏に多大なる影響を受けたという、今をときめく大スター、

“宮藤官九郎”氏。

 

氏が脚本と監督を担当し、2009年に劇場公開された映画が、

“少年メリケンサック”

 

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~25年も前のライブ動画を現在のものだと勘違いし、そのパンクバンドのスカウトに出掛けたレコード会社のまぬけなOL(宮崎あおい)が、メンバーに会って既に50歳代である事実を知り…~

てなストーリーなんですが、これがムチャクチャ面白い!👍

バンドメンバーの一人としてビッグネームの“佐藤浩市”氏が出演されていたのにも当時大変驚いたものです😲

 

で、その佐藤氏扮するバンドメンバーに会う為にスカウトが訪れたファーストコンタクトの場所が、

“江戸っ子”

って言うもつ焼き屋さんなんですね。

 

ここ、実在するんですよー🙌

映画ではバンドマンの聖地、高円寺にあるお店っていう設定でしたが、実際には亀有にあったりします(笑)

 

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劇中ではこのカウンターの場所で、ヒゲボーボーの佐藤浩市氏がくだを巻いてるシーンで初登場するんです☝

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では、お店のメニューの一部をご紹介☝

“煮込み” 美味い!
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“厚揚げ焼き” 美味い!
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“もつ焼き” 美味い!
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このお店、もつ焼きはもちろん、“特製ハイボール”も常連客に人気があるんです😉

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ここで裏話を☝

劇中では店先で二人が対面した後、階段を上がって2階で密談するっていう展開でしたが…

 

「大将、来た記念に例の2階も見せてもらっていい?」

 

大将「いいけど、撮影された場所とは違うよ…  まあ見てみなよ。」

 

「ええーっ!…」

 
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てな訳で、

上がってみたら全然違ってました。

お客さんでびっしりの店舗の普通の“お2階”でした😅

 

では、映画を観た方なら凄く印象に残っているであろうあの場所、実際どこで撮影されたのか…??

そこまでは大将も知らないとの事でした…

 

う~ん、残念😞

でも、美味しいもつ焼きが食べれたからいいか(笑)

 

ちなみに店の大将、ちらっと映画本編にも映ってます😁

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【亀有・江戸っ子】
住所:東京都葛飾区亀有5-32-1
営業時間:16:30〜20:30

TEL: 03-3605-0619
定休日: 土曜日・日曜日・祝日

(亀有駅北口徒歩3分)

 

 

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それぞれどうぞご贔屓に🙏

 

傷だらけの老朽ビルが人気のワケとは…??

 

いやぁ~、これからご紹介する場所を訪れている方々の何と多い事か…😉

皆さんそれぞれ、そのリポートをブログにアップされたりしております👍

 

で、先日私も行って来たんですよー🙋

ま、言わばこの記事はパクリ企画ですな(笑)

 

ところで皆さまも、お気に入りの映画やテレビドラマってありますよね☝

その舞台となったロケ地に行ってみたくなったりしませんでしたか?

あ、ないですか…すみません(笑)

 

古い作品で恐縮なんですが、

“傷だらけの天使”

って言う、萩原健一&水谷豊がメインキャストの人気テレビドラマがありましたよね☝

今から43年も前に放送された作品です。

 

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二人は探偵みたいな役柄で、その住まいというかアジトの場所として撮影に使われたのが、JR代々木駅前にあるビル、“代々木会館”の屋上。

いわゆるペントハウスって呼ばれる掘っ建て小屋のような住居でした。

ドラマ内ではエンジェルビルって名称になってましたね。

今回はそこを訪ねてきたんです😁

 

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代々木駅のホームからビルの上部が見えてました👀

屋上の緑のネットが張られているのがペントハウスですね☝

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ズームしてみます。
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だいぶ歪んじゃってるなぁ…

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ビルの前まで来てみました。

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ビルの1階の居酒屋は今もやってるみたい😲

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2階へ上がる入口。中国関連の古書店がやはり今も営業中。

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入ってみます💧

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ここまでで行き止まりになってました😰

2階の奥のフロアはもちろん、これより上の階は一切立ち入り禁止となっています。

強行突破して屋上まで侵入した熱狂的ファンが何人も捕まっちゃってるらしい…🙍

 

もうね、当時のままこのビルは残されているものですから、まわりの景色からメチャ浮いちゃってる(笑)

文字通り建物は傷だらけで、取り壊されるのを静かに待っている…って感じです😢

見に行かれるなら、なるべく早い方がいいと思いますよー☝

 

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隔世の感がありますな(笑) 

 

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“礼儀作法”について考えさせられたプロレス観戦でのある出来事

 

日本は世界でも数少ない敬語文化のある国です☝

敬語を使って話す事で瞬時に相手を立てる気持ちが伝えられ、その後の人間関係も円滑に進むというもの…

 

それは挨拶とて同じです。

先輩や年長者にはまず自分から声を掛け会釈をする…

 

日本の驚異的な経済発展や治安の良さの裏には、古来から礼儀作法を重んじ、他人を尊重し合う文化・風習が根付いていた事が大いに関係しているに違いないのです👍

 

のっけから堅い話になりましたが、昨今…自分のまわりを含めてこの“礼儀作法”が軽んじられてきていると感じます😥

 

まともな敬語も使えず、挨拶も自分の好む者にしか積極的に行わない…

 

しかも、職場などでその事を繰り返し当人に注意などしようものなら、“コンプライアンス”に抵触するとか何やらで、人権問題コンサルタント(?)の発行する小冊子を熟読するよう上から逆に促されたりもする…💧😵

 

文化人の中には、敬語が日本のグローバル化への障壁になってる…なんて言う輩も出てくる始末😱

それって自分は面倒だから使わずにいたいってだけじゃないの?

 

果たしてこの先、日本は一体どうなってしまうのでしょうか…😖

 

いえね、こんな話をするきっかけになった出来事がつい先日あったんです😔

 

年末年始、仕事で東京に滞在していたのですが、小生プロレスが好きなもので、休日に年をまたいで2度観戦に出かけたのです😊

会場はどちらも同じ、“新木場1stRING”。

ここはかつて倉庫だった場所を改装してリングを常設しているプロレスファンの“聖地”のひとつなんですが、キャパは300人強程度の超ミニ会場でもあり、両日共満員札止め状態でした。

キャパ2000人のプロレス興行のメッカ、“後楽園ホール”であれば500人入っても、客席はスカスカに見えるんですけどねぇ(笑)

まあでも狭いが故、リングから客席までが非常に近いのは何より魅力で、観やすさこの上ない、何だかクセになってしまいそなスポットではありました✌

 

年末の観戦時にはメインエベントのタッグマッチに、あの“ダンプ松本”選手が登場!

対戦相手は言わば格下無名の若手選手二人(花月&小林香萌)

集客の為には、ネームバリューのある選手をメインにブッキングするのが常識なのに…である😲

試合が終わり、ダンプがマイクを掴んで観客に叫んだ言葉…

それはちょっとこれまでに聞いた事のない内容だったんです。

 

「何故この若い2人を呼んだか…
挨拶がしっかり出来る。
早く来て荷物持ちをしてくれたりもした。
それで名前を覚えたんだよ。
(今の世の中)当たり前の事が出来ていない…
だからこれからもこの2人を応援して欲しい!」

 

そうか、そうだったのか…

え~しかし、ダンプ松本に挨拶しない選手達がいるの~?

と、とても信じられん💧😱

 

そして、年始に行った別の団体の興行では、メインの前に“大仁田厚”選手の“トークバトル”が行われ、そのお相手には引退して7年が経つ伝説の破天荒ファイター、“松永光弘”氏が長い沈黙を破ってリングに登場!

一般的な知名度はダンプ松本選手ほど無い方かも知れませんが、現役時代から大変なアイデアマンで、今現在行われている数々のハードコアな試合形式や戦法のスタイルを創り出した第一人者はこの松永氏であると言っても過言ではないのです🙌

 

大仁田氏は客集めには天才的な才能を発揮する方なので、自身の完全引退(10月)の年の第一弾興行に松永氏を引っ張り出したのは流石としか言いようがなく、私の目当ても実はこのトークライブでした。

松永氏自身もこのイベントを楽しみにされていたのだとか😊

 

松永氏のトークの面白さには以前から定評があり、この日も若干遠慮がちではありましたが、所々で松永節が炸裂👍

まだ40代の若さという事もあって、現役復帰して引退試合の相手になってくれとの大仁田氏からのラブコールもあったりして、観てる私たちも今後の展開にちょっと期待を持ったりしてしまいました😉

 

それなのに…

 

団体の大将、大仁田氏が是非にとオファーを出した、この日の興行の目玉である大事なゲストなのにも拘わらず、当日その場にいた主力レスラーたちの中には松永氏に挨拶ひとつしなかった選手がいたそうです😖

 

ま、またかよ…😩

 

どんな感情があったとしても、功労者に礼を尽くすのは当然の事なのに…

それが一般常識でしょ!

 

これで松永氏の現役復帰は100%なくなったと言えます😢

 

スポーツ選手、格闘家、アスリート、体育会系… 

こんな方々に対するイメージさえガタガタと崩れ落ちてしまいそうですわ…もう😢

 

話が飛躍するかも知れませんが、戦前の日本には現代社会で問題になっている、イジメや引きこもりや家庭内暴力や子供虐待や不登校などは無いに等しかったそうです。

礼儀作法の軽視も含め、こんな世の中になってしまったのは、やはり戦後教育に問題があるのでは…?? と考えてしまう今日この頃なのです…😔

 

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