もぎたて☆ディストピアン

よくばりな浪漫トラベラーに捧ぐ…

そのギザギザ、黒星に見えるんですけド…

球春到来!

オープン戦もたけなわのこの時期になると、今でもあの時の衝撃が甦る…。


1975年の3月のとある日、
パ・リーグ球団(チーム失念)対阪神オープン戦がテレビ中継されたのですが、その時映った阪神ナインの“新ユニフォーム”を見た途端、私たちの目は画面に釘付けとなってしまいました。

ユニフォームの袖口と、パンツのサイドに新たに付けられていた、斬新で超カッコいい、黒のギザギザ模様のラインデザイン!!

“輝流(きりゅう)ライン”


後にそう名付けられ、それまでにはなかった発想による、いかにも男性受けしそうな戦闘的デザインへと大胆に変貌を遂げていたのです。

昔のユニフォームは現在と違い、生地の色が白ではなくクリーム色の物が多く、何となくその方が大人っぽくておしゃれに見えたので個人的には好みなんですが、なぜか現在では絶滅しちゃってますね。

5年前の交流戦でこのユニフォームが復刻された折には、クリーム色生地までもがちゃんと再現されていてホント嬉しかったなぁ(^^)

クリーム色生地のホーム用ユニフォームに輝流ラインが付けられたのは実は一年遅れの1976年からで、年頭に発売された阪神タイガース史上初のイヤーブックの表紙にて田淵幸一選手が着用していた事でそれが明らかになったのでした。

情報なんて逐一発信されなかった時代でしたからね、あの頃はまだ。

で、もうその頃には私たちも輝流ラインが大好きになっていたし、このユニフォームが延々と続くものだと思ってたのですが、肝心な試合で敗れたりして優勝を逃し、年々下降していく成績のとばっちりを受けてか、あのユニフォームのギザギザで出来た菱形模様の一つ一つが、“黒星に見える”との声がファンの間から挙がるようになっていったのです。

結局、この唯一無二のデザインをしたユニフォームは1979年のキャンプまでで廃止(この年から加入した小林繁投手もギリギリセーフで着用している。)され、2010年の交流戦で復活するまで長い長い眠りに就いていたのです。

カッコいいのに勿体無いよなぁ…(+_+)


あのユニフォームが採用された頃から、それまでサインボールやブロマイド、帽子位しかなかった球団グッズが、バッグやカレンダー、イヤーブック、月刊誌など、どんどん企画・販売されだしたという事実があるのですが、ひょっとしたらあの輝流ラインには、商品化に適した魅力も備わっていたのかも知れませんね。


是非共、完全復活をお願いしたいものです。


あ、その際には、“白星”に見えるアレンジを施す事もお忘れなき様(笑)

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